KONCENTエピソード2「+d」に込めた想い

思わず手に取りたくなる、個性的なデザインの数々。
アッシュコンセプトのオリジナルブランド「+d」は、
これまで多くのデザイナーとまったく新しいものづくりに取り組んできました。
世の中になかったものをつくりたい、というデザイナーの熱い気持ちを支えるのは、
アッシュコンセプトのメンバーと、高い技術力を誇るさまざまなメーカーの人たち。
「KONCENT」の顔と呼ぶにふさわしいデザイン商品が、いまも続々と誕生しています。

interview:Mirei Takahashi

 

「+d」は最初の目標

まずは、どうして「+d」というブランドを立ち上げたのか、というところから聞かせていただけますか?

アッシュコンセプト代表/デザインディレクター 名児耶秀美

実は、アッシュコンセプトという会社を作る一番の目的が、「+d」だったんです。最初からブランド名も決めていて、とにかく、「すべてのものはデザインされている。つまり、デザインがプラスされているんだ」、と知っていてほしい。そんな想いが強かったんだよね。デザイナーがデザインして、世の中にものが存在するんだよってことを伝えたいなと考えていました。

デザインという呼び方が今ほど一般的に広まる前から、工芸の世界を中心にして、日本にはアノニマス、つまり匿名性が美徳とされている風潮があったよね。世界の名作デザインと違って、日本では優れたものフォーカスされてもデザイナー自身がフォーカスされることが少なかった。だから長い間、日本のプロダクトデザイナーは日の目を見ていなかったと思います。
問題なのは、世界でもトップクラスの実力を持つ日本人デザイナーがそういう状況に置かれて悶々としていること。僕は、それを見ているのが嫌でね。もっとみんなの目の前に出して、光を当てて、良いデザインに注目を集めるべきでしょう。

日本の大手メーカーには、デザイナーの名前を出さないのがノウハウだと考える経営者もいるようです。


デザイナーを前面に押し出して、世界中に彼らのデザイン力を伝える必要があるよね。日本にはデザイン力がある、日本人はすごく使う人のことを考える素晴らしいデザインをするんだって、知ってもらいたい。だから「+d」を通じて、日本はもちろん、世界中にデザインの素晴らしさを発信していきたいね。

 

第1弾は「アニマルラバーバンド」

記念すべき「+d」の第1弾商品は、「アニマルラバーバンド」ですね。いまでも、アッシュコンセプトの代表作です。

友人が、「これ知ってる?」って持って来てくれたのが、アニマルラバーバンドとの出会いでした。一般的な輪ゴムで試作されたものでしたが、ひと目見た瞬間に、これを最初に作るべきだ! と決心しました。アッシュコンセプトを興してすぐ、パスキーデザインの2人に会って、「一緒につくりましょう」って。

アイデアをひと目見て、どうすれば量産できるか、商品として世に送り出せるのか、ぱっとわかる経営者ってめったにいません。デザイン部門のトップではいるかもしれませんが、名児耶さんのように経営者がデザインディレクターであることが機動力ですね。

経営者といっても、立ち上げ当初のメンバーは3人だからね。「アニマルラバーバンド」は、とにかくまず1個つくってみて、次に2個、3個つくって‥‥‥。

いまでも作り続けられていて、世界中に広まっています。さらに今年は、幅広タイプの新作も発表されました。

今秋には、パッケージもリニューアルします。形としてのデザインは変える必要はありませんが、発売から10年以上も経っているから、時代に即したパッケージに変えていきます。デザイナーはよく、商品ができあがると完成したと思うことが多いけど、僕らには商品が出来上がってからが本当のスタートです。

     

デザイナーは生みの親、アッシュコンセプトは育ての親

ものづくりって、デザイナーと一緒にひとつのものを形にして、そこからスタートするんだよね。だから僕らはデザイナーとロイヤリティ契約を結び、どれだけ売れたのかを明確に報告しています。時には、「売れなくなってきたぞ」っていう報告もね。
「TsunTsun」は低め安定というか、コンスタントに売れていますね。

故・宮城壮太郎さんと一緒に私がデザインさせていただいた石けん置き「TsunTsun」は2004年の発売でした。数年後に、商品の色を見直して、パッケージも変えたことで価格を下げることができたのも良かったのかもしれません。

「TsunTsun」って最初は、工場に捨てられていた廃材にヒントがあったんだよね。石けんを置くと使いやすいから、「宮城さん、デザインしてよ」とお願いしたら、「そのまま売ればいいじゃない。ゴミを売ればみんな喜ぶよ」って。「ゴミを売る訳にいかないでしょ。ここからがデザイナーの仕事」という話をしたのが懐かしいです。

商品として完成させ、長く取り扱ってくださるアッシュコンセプトの存在がどれだけ大切なことか、身をもってわかります。メーカーが諦めてしまうものはたくさんあるし、たとえ売れていたとしても、ブランドイメージと違ってくれば廃番にしてしまうことだってありますから。

ものにはすべて愛情がこめられていて、デザインに費やした時間もあって、気がつくと僕らの子どもみたいになってきます。それを売れないからと簡単に諦めるのは嫌だよね。売れないのではなくて、実は、ちゃんと売っていないことも多いんですよ。

デザイナーとして名前を入れてもらってはいますが、商品名やパッケージ、色を決める段階では、アッシュコンセプトの方々の手が入り、売ってもらいながら成長していって、みんなのものになっていくような感覚があります。

デザイナーは生みの親。アッシュは育ての親。それで、買ってくれた人が結婚相手。そうなるともう、ただの「もの」じゃないでしょうね。みんなの愛情の塊です。結婚相手にどう扱われているかなって心配になっちゃったりして‥‥‥。

買う人にとって、「+d」の商品は決して安くないと思います。大型の100円ショップができたとき、僕はすぐさま買物にいって「これも、あれも100円」って驚いて、最終的に3800円も買物しちゃった。それで家に帰ってみるとどれも結局、使わない。妻には「ゴミを買ってこないで!」と怒られる始末。だから、「+d」に対しては、「やっぱりこれが大好きだ」と決断して買ってもらいたい。買うぞ、と決意して相手を迎えるような覚悟がいる、そんな商品であってほしいですね。


「+d」の商品には、それまで世の中になかったものがとても多いですよね。名児耶さんは、デザインが発明だとは考えていないはずですが、実はいままで知らなかったのにすごく楽しいと感じるものがたくさんあります。例えば「カオマル」はその代表ではないでしょうか?

「カオマル」は、絶対ほかでは出せなかったものですね。
デザインって形をつくり出すという点では、アートと同じです。でも、アートが自己表現のために制作されるのに対して、デザインは、使う相手のことを見つめながら形にしていきます。デザイナーの心の中から自然と生まれる、使う人への思いやりこそが、「+d」の商品に凝縮されているんです。
最近よく、問題解決型のデザインなんて言葉が使われますが、「+d」はデザイナーの温かい心から生まれているんだよね。だから、デザイナーの個性があるし、アートとはまた異なる次元のメッセージも含まれています。もしかしたら、アートとは部分的に重なっているかもしれない。
だから僕は、デザイナーの感覚も、ユーザーが使う場面も、両方とも大事にしています。デザイナーが「これを作ってよ!」って主張しても、「ユーザーがどう思うか理解できているか?」という意味で、調査やモニタリングを必ずします。デザイナーの考えとユーザーの気持ちが重なるもの、それが「+d」です。
 

いわゆる、マーケティングとは違いますね。何が求められているのかを聞き出すのでもない、という‥‥‥。

ユーザーは、最高の味方ですから。
新商品の展示会をすると、他メーカーの開発担当者が来て、あからさまに視察していることがありますが、実は彼らの自宅でもひとつくらい「+d」の商品を使っているユーザーだったりします。だからライバルだって思わずに、もっとファンになってもらっちゃおうと思いますね。

誰もが、使う人でもあるわけですね。

「+d」の商品化決定には、僕もユーザー目線になります。自分のお金で買いたいかどうか、それが大事な決め手。
「+d」はある意味、本音で出来上がったものばかりなんです。デザイナーの本音、僕らの本音、ユーザーの本音。

世界中で生まれる「+d」

デザイナーを応援するばかりでなく、ユーザーの気持ちに寄り添うような、気が利いてるデザインが多いのも「+d」らしいところですね。

ものづくりでは、デザイナーとの掛け合いだけじゃなくてユーザーとの掛け合いも刺激的ですね。モニター調査で率直な感想を聞くのもおもしろいし、売場に立って反応を見るのもいい。
「アニマルラバーバンド」が完成して売場に置かれた最初の日、僕は数時間、売場の離れた場所でずっと観察していたんだけど、驚いたね。
小学生が親にねだって買ってもらう。中学生がかわいいーといって手に取る。高校生がわーっておもしろがる。大学生が楽しいといって買って、OLが来てかわいい! と何度も言いながら買ってくれる。お年寄りも、わぁって驚いた表情をしている。とにかく老若男女、みんなが笑顔になって手に取ってくれるのが本当に嬉しかった!
それに、パスキーデザインの「ものを大事にしたい」というメッセージが自然に伝わって、誰もが大事に使いたくなるものになっているますよね。買った人も、つくった人も、みんながハッピーになれる、素晴らしいデザインです。


売っている人もきっと、ハッピーです。
「+d」は当初、国内でのものづくりに重点を置いていましたが、これからはどのように広がるのでしょうか?

世界へ売っていこうと思ったときから、世界のデザイナーと、世界中の工場でものづくりをしたいと考えています。ボーダーはとっぱらわないとね!
産地によって特性が異なるので、その産地の近くでものづくりをしたいよね。どんどん進化する「+d」でありたいから、日本のデザイナーには限定しないし、実際にいま、韓国のデザイナーによる3商品を発売しています。
アッシュコンセプトはプラットフォーム型なので、みんなが来て、みんなが遊んでくれるといい。それは「+d」も同じです。デザイナーには、自分を売り込むんじゃなくて、おもしろい遊び場でなにか楽しいことを発表するような心意気を期待しています。時には、「おまえはおもしろがってるけど、俺はちっともおもしろくないわ」、なんてこともあるかもしれないけど! 一緒に遊ぼうという気持ちで、世界のデザイナーとものづくりができれば嬉しいですね。

 

phot_mirei聞き手: 高橋美礼/Mirei Takahashi

デザイナー、デザインジャーナリスト。多領域のデザインに携わりながら、国内外のデザインを考察している。編集、執筆、デザインコンサルティングをおこなう。
主なデザインに「TsunTsun」(宮城壮太郎氏と共同デザイン/アッシュコンセプト「+d」)、「物語がはじまる」(世田谷美術館)、「トーキング・トーキンビ」(東京国立近代美術館)など。共著に「ニッポン・プロダクト」(美術出版社)、「2000万個売れる雑貨のつくり方」(日経BP社)など。多摩美術大学非常勤講師。落語好き。