【h concept × LIFESTYLE SALON】TALK Session 1 『デザインの未来を考える – 明日を切り拓くデザインの力』

2021年6月30日より3日間にわたって浅草橋ヒューリックホールで開催されたアッシュコンセプトの新作発表イベント『h concept × LIFESTYLE SALON』。そのメインコンテンツの一つとして行われたのが、初日となる6月30日に実施されたトークセッションです。

今回はその1回目、“醤油瓶から新幹線まで”のデザインを手がけ、日本の、そして世界のデザイン界を牽引してきた(株)GKデザイン機構の代表を務める田中 一雄(たなか かずお)氏と、アッシュコンセプト代表、名児耶とのトークセッションをレポートします。


*画面左:アッシュコンセプト・名児耶 / 画面右:GKデザイン機構・田中一雄氏

拡張しつづける『デザイン』を整理し、再定義する。

イベント初日の13時から行われたこのトークセッション。
事前予約制がとられたにもかかわらず、会場は満員となり、多くの来場者の熱気が室内を包みます。

この2人によるトークセッションは「対談形式」と銘打たれたものの、名児耶による冒頭のあいさつで「なにより僕自身が、田中さんのお話を聞きたい」という告白もあり、まずは田中氏によるプレゼンテーションが進められることとなりました。壇上に座る名児耶も、来場者と同じようにノートにメモを走らせながら田中氏が展開するデザイン論を真剣に聴く姿が印象的です。


*押しも押されもせぬ重鎮でありながら、田中氏の語り口はとってもマイルド。時に会場の笑いを誘いながら話は進んでいきます。

 

『デザインの未来を考える – 明日を切り拓くデザインの力』というタイトルがつけられた田中氏のプレゼンテーションは、2020年9月に上梓された自身の著書『デザインの本質』(ライフデザインブックス)の内容に基づいたもの。大きく以下の4つのテーマに分けて話は進んでいきます。

1)GKデザイン概要 / 名刺代わりに
2)広がるデザイン /d』と『D』
3)デザインの力とは / 五つの能力
4)デザインはどこに行くのか / 心の時代へ

『デザイン』という言葉が持つ意味がどんどん広がって、訳が分からなくなっている状況の中で、それを整理して本にした結果、名児耶さんからその話をしてほしいとお願いをされた」というイントロからプレゼンテーションはスタート。まずは“名刺代わりに”ということで、GKデザイン機構がこれまでに手がけてきたデザイン事例を紹介するためのムービーが会場前方のスクリーンに映し出され、そこから約40分に渡って、さまざまな示唆や気付きを与える話が展開されます。語られたのは、いわゆる職業としてのデザイナーのみに響くものではなく、経営という観点や、ものづくりという観点からも有意義で、かつ、人や生活とデザインとの関係性までを再定義するような価値ある内容でした。


コロナ禍が浮き上がらせた本当に大切なもの。

4つのテーマにそって進められた田中氏のプレゼンテーションが終わった後、今度は名児耶とのディスカッションがスタートします。名児耶の1つ目の質問は、やはり今一番の関心事とも言える「アフターコロナにおけるデザインがどういう方向に進んでいくのか」ということ。
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それに対して田中氏は「コロナ禍によって、人間にとって本来的に大切なものを、もう一度、見直すきっかけになった」と話し、また同時に「世の中のデジタル化を急速に進めた」という側面に言及します。その例として紹介されたのが、GKデザイン機構のロサンゼルス支社の代表との会話の中で出てきたトピックスです。それは「Technology」と「Acceleration」を融合させたTecceleration(テキサラレーション)という考え方について。そこでは10年かかっても進まなかったテキサラレーションが、コロナ禍の影響でこの2年で一気に加速し、すべてが変わったという会話がなされたとのこと。それくらいテクノロジーを進化させたのがコロナ禍であり、またその影響で、人と人との関係性が変わり、結果として “リアル”がクローズアップされたと話します。
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その解答に名児耶も共感を得たようで「技術や道具が進化した今、逆に改めて『』の大切さに人々が返っていることの不思議さ」に触れます。それに対して田中氏は「好き嫌いを超えて、変わらざるをえない状況」と指摘し、さらに「変わった結果として、本当に大事なものが浮かび上がって来る」と語りました。その“本当に大切なもの”というのが、『』であるという点において、2人は共通の見解を持っていたことが分かります。
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*名児耶は田中氏が発する言葉の多くに共感と気づき、そして感動を得たと話します。

 

デジタルの功績は大きく、しかし万能ではない。

続く、トピックスは、この新作発表イベントに関して。まずはコロナ禍の影響でこれまで行ってきた大きな会場を使用した展示会が2年連続で中止に追いやられる中、それでも「なんとか新製品を発表したい」という思いから「自分たちでできることをやろう」という判断に至ったという経緯を名児耶が紹介。そして今後は規模を落とすことで、サロン的な発表会が主流になっていくのではないかという推測と、マスに対する動きではなく、本当に来てほしい人に向けた発信に力を入れて、“価値のある行動力”を追求するのがいいのではないかという持論を展開します。

.*“価値ある行動力”の結果、展示会場には、多くの方にご来場いただくことができました。

 

それに対して田中氏は「コロナ禍によって、満員電車と超高層ビルの必要性が減った」と回答。しかもこれはコロナ禍が終わっても、すべては戻らないと推測します。また東京という大都会に会社があり、電車に乗って定時に出社するといった働き方は20世紀のあり方だと提唱。これからは家にいながら、上はジャケットで下はパジャマで働いてもいいと冗談混じりの話をし、さらに平日に昼寝をしていてもいいし、その代わりに土日に働くといったような、個人のスタイルに合わせた自由な選択も可能になっていくだろうと語りました。

また田中氏は、テクノロジーを活用することで、暮らし方や働き方が変わっていく中で、それでも「リアルじゃないとできないこともある」という考えを示します。例えばデザイン賞の審査をはじめ、今回のアッシュコンセプトの新作発表会など、やはり実際にモノを見ないとできないこともあるというのが、田中氏の主張です。

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*田中氏と名児耶の息のあった掛け合いに、時に会場から大きな笑い声が響きます。

 

それを受けて「どうせモノをつくるなら、恋人みたいなモノをつくりたい」「それくらいのモノをつくらないと価値がない」と、周りにいる人たちといつも話していると語った名児耶。そしてそんな製品がつくることができたとすれば「恋人なんだから近くにいたいし、触っていたい」「やっぱり恋人がバーチャルなのは嫌だ」と続けました。

そんな名児耶の言葉に、田中氏は「コロナ禍の中で人間がより本質的で大事にすべきものを見つけた」と改めて言及。そして「デジタルによってより便利な世の中になったとしても、より忙しくなったり、よりすり減ったりするのであれば、なんの意味もない」とこの話題をまとめます。

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*最後には来場者からの質問にも丁寧に答えていただきました。


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『アート』とはつまり? そして『デザイン』とはつまり?

そして名児耶からの最後の質問が投げられます。それは「『デザイン』を日本語で表すなら、何?」というもの。

田中氏は、一般的に日本では『意匠』と訳され、中国では『設計』と書かれることを説明しながらも、それでは答えにはなっていないと解説。その上で「心の豊かさをつくる行為」ではないかと答えます。

その解答に対して「ジーンと来た」と話す名児耶は、つづけて「『アート』が自己表現、自己発信であるのに対して、『デザイン』は使ってくれるユーザーがいる」と主張します。その使ってくれるユーザーのことを一生懸命に考えてカタチをつくる、つまり『心』のあるモノづくりこそが『デザイン』であり、コロナを経た今、改めてものづくりに携わる人や企業は、そのことと向き合うべきだと自身の考えを述べました。
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1時間にわたる濃密なプレゼンテーションとディスカッションを締めたのは、田中氏のこんな言葉。「『デザイン』を日本語にすると?」という名児耶からの質問に対して、ある人の言葉を引用することで、もうひとつの解答を与えます。

まず説明されたのは、東京藝大の学生ベンチャーを源流に持つGKデザイン機構のGKについて。これはGroup of Koikeの頭文字をとったもので、「Koike」とはGKデザイン機構の創設者である榮久庵 憲司(えくあん けんじ)氏が師事した東京藝大の小池岩太郎(こいけ いわたろう)先生の名前を指していると説明。さらに小池先生が受け持った最初の生徒が榮久庵氏で、最後の生徒が田中氏本人だったという印象的なエピソードを紹介した上で、その小池先生の放った言葉を紹介し、トークセッションは会場からの大きな拍手とともに終わっていきました。その言葉は……

「デザインは、愛です。」

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