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指先でつまむほどの小さなクリップに隠されている、優れた技術。
「MINI CLIP」は今年2月、ドイツの国際見本市でデビューして以来、国内外で注目され続けています。1枚の薄いステンレス板からどのようにつくり出されているのか、メーカーのヨシズミプレスを訪ねました。
+dからオリジナルブランドへ
こんにちは。おじゃまします。「MINI CLIP(ミニクリップ)」や「HOOK(フック)」(+d)が作られている工場は、東京墨田区の住宅街にあるんですね。
ヨシズミプレス代表 吉住 巌さん(以下、敬称略)
吉住 巌 生まれも育ちも下町です(笑)。親父が創業したのは昭和25年。最初はハンドバッグの枠をロウ付けしたり、骨組みを作ったり、といった金属全般の加工からスタートしました。その頃は今のような加工機ではなくて、ケトバシが5台、パワープレスが3台くらいあったかな。特別高級な機械じゃないよね。懐中電灯の部品‥‥‥例えば、乾電池の接触部分やスイッチ台とか豆球が反射する部分とか、指かける部分とかね。
アッシュコンセプトとはいつ頃からのつきあいになりますか?
アッシュコンセプト代表/デザインディレクター 名児耶秀美
名児耶 墨田区が主催した、ものづくり事業がきっかけですね。お互い第1回目に参加していました。
吉住 巌 うちは図面があってものをつくるっていう仕事しかしてこなかったので、興味があったんです。当時は特に、小さな部品類を大量に作っていたんですが、どんどんコスト面が厳しくなり、とにかく効率を上げて早く、安く大量に作って納品する、っていう頭しかなかったんですよね。そんなときに、「Animal Rubber Band(アニマルラバーバンド)」を知りました。誰もが知っている輪ゴムにあんなにすごい価値が生まれるなんて、多少値段が高くても買いたいと思わせるなんて、と衝撃を受けたんですよ。
それで、自分たちもそんなものづくりをしてみたい、と。何ができるか全くイメージできていませんでしたけど、名児耶さんと仕事をしてみたい、と思うようになりました。
名児耶 工場を見せてもらっていたら、プレス加工で出来上ってくるものが、折れ曲がっているとまるでフックのように見えたんです。じゃあ、フックそのものを作ったらおもしろいかもしれない、と思いつきました。
まずは完成品を仕上げるために1年間、一緒に取り組んでみようということになったんでしたよね。それで、砂口あや(アッシュコンセプト デザイナー)にデザインを任せて、丸いフック「HOOK(フック)」が出来上がりました。「+d」から発売しているので、製造の協力会社としてヨシズミプレスの名前を出したのが最初でしたよね。
「+d」がスタートだったんですね。
吉住 巌 まずは完成品を作る、という取り組みでした。部品じゃなくて最終製品を仕上げたのは、その時が初めてだった訳ですが、周りは、自分のところの商品だって誇りをもって名前を出しているところが多いでしょう。だから僕らもそうなりたいな、と少々うらやましく思うようにもなっていました。
手間を惜しまない細やかさ
最初が「HOOK(フック)」、それからヨシズミプレスのブランドAPYとして「LINE HOOK(ラインフック)」と「DOT HOOK(ドットフック)」を発売してきました。
吉住 巌 「LINE HOOK(ラインフック)」と「DOT HOOK(ドットフック)」では、自分たちが持っている技術のすべてを使って美しい仕上げを目指しました。
名児耶 導入として「HOOK(フック)」があったから、ストレートなタイプができたんですよね。だって見てよ、これ。普通は、この厚みの素材に切り込みを入れたらどうやったって、隙間ができるんだよ。それが全然、隙間がないでしょ。抜き加工をしながら、同時に切断するんですよ。そうじゃないと、シャープさが出ない。
打ち抜くだけじゃ絶対に隙間ができてしまうけど、これは全然そうなっていない。だから展示会でも、「単純に打ち抜くのと、倒すのとを一度にやる。この技術はメイド・イン・ジャパンですよ」って説明すると、「そうか!」と魅力を感じてくれる人がたくさんいる。実際には使い勝手とは関係ない部分ではあるけど、この潔よさは世界共通です。だからね、ヨシズミプレスには「ミクロの世界のプレス屋さん」っていうイメージがすごくある。
吉住 巌 ミクロって言うと大げさですねえ(笑)。
プレス加工というと一般的には、大きなものをダン! と打ち抜くイメージです。でもそこに、こんな小さなものを繊細につくりだす力があるっていうのはそれだけで凄いことかもしれません。
名児耶 ヨシズミプレスのみなさんは、クライアントから「ここ困っている」「どうにかしたい」と相談されれば必ず、現実的で的確な答えを出していたという経験があったからかもしれないね。手間を惜しまず、小さなものを正確につくりあげるって、とても大変なことですから。
伝説のクリップへ!
今日、「MINI CLIP(ミニクリップ)」の製造工程をつぶさに見せていただいて、改めて驚きました。6ミリ幅の1枚のステンレス板を打ち出していくことで、こんなにバネ力のあるクリップになるなんて‥‥‥。どうして、1枚の板でクリップをつくろうと考えたのですか?
名児耶 プレス加工機を見ていると、板状のものが次々形を変えて、最後には全く違う姿になって機械から出てくるじゃない。それを見ていて、あっ、クリップ作れるんじゃないの、って思ったんだよね。
バネの性能も高くて、シンプルで、美しくて。1枚の板を曲げてできるクリップは世界にもありません。吉住さんには、「いやこれは難しいですよ。無理ですよ」って言われたけど「じゃあ宿題」って(笑)。実はずいぶん前から、素材と加工の美しさだけですっきりと完成できるクリップが絶対にできると思っていて、いつかつくろう、と心の中で思っていました。それで僕が適当な絵を描いたら、ここまでになって(笑)。
名児耶さんが描いたスケッチがベースになってるんですね。
ヨシズミプレス専務 吉住 研さん(以下、敬称略)
吉住 研 紙を挟む想定でバネの圧力と挟むために開く力を出すには、まん中の丸くなっている部分(タマ)が重要なので、何度も試作しました。最初は、タマがない状態でも作ってみましたが、全然ダメで。バネ性を持たせるために丸い形状が大切なんです。つまり、円形になっていると開くときの力が分散されていくけど、ここが直角になっていると金属疲労をおこしやすくて長持ちしない製品になってしまうんですよ。
素材も、様々な種類のあるステンレスをいくつも試してみました。幅も太くしたり細くしてみたりしながら、ちょうどいいバランスを探りました。
名児耶 「試作できました」って見せてもらったものが、最初は紙を挟んだらスルッと抜けちゃってね(笑)。金型もつくって試作しているはずだから、かなり予算をかけているのは分かるけど、クリップなのに紙が止まらないねーなんて(笑)。でも、そこで絶対にめげないところが素晴らしい。本当にものづくりする人って不思議ですね。
吉住 研 途中で投げ出したり、諦めたくないですから。
今年2月、ドイツで開催された国際見本市「アンビエンテ」が最初のお披露目の場でしたね。世界での反応はいかがでしたか?
名児耶 ドイツの展示会で、この小さなクリップの良さが果たしてちゃんと伝わるかどうか、実は心配でした。でも、説明しなくても分かってくれる人がたくさんいました。それは、この完成品がきちんとできているから。その証拠に、会期中1番注文数が多かったのが「MINI CLIP(ミニクリップ)」でした!
吉住 研 ヨーロッパの人たちはリアクションが温かかったですね。見て喜んでくれる様子がわかって、嬉しくなりました。
紐にぶら下げてメモを挟んでおいたりするのにも役立ってます。
使っている人に、どのような使い方をしているか、ぜひ聞いてみたいですね。
展示会場では、書類をはさむ以外にも、カードを立てておくのに便利、といった使い方を提案していましたよね。
名児耶 そう、並べ方次第でディスプレイにも使えます。クリップ1個だけでスマートにカードを立てられるでしょ? 奥までカードがスッと入るのが気持ちいいんだよね。
単純にクリップにとして使うだけじゃなくて、紐にぶら下げてメモを挟んでおいたりするのもいい。実際に使っていただいている人に、どんな使い方が便利か、ぜひ聞いてみたいですね。
そういえば、はさんだものが滑らないようにするために、どうしたんだっけ?
吉住 研 バネの張力を強くしました。最初は穴開けようかとか、ダボ(※1)だそうかとか考えましたけど、最終的にはシンプルな形にできたと思います。
大きさについては、当初名児耶さんから言われたサイズはもう一回り小さかったんです。でも、てこの原理で開くから小さいとどうしても、開きが狭くなって、製品としては使いにくくなってしまったんです。若干長さを調整して、ちょうどいい機構を設計しています。タマの位置も上過ぎると開かなくなるし、下だと開くのが固くなっちゃうんですよ。
※1:金属板に凹凸状形状をつけること
絶妙なバランスで成り立っているんですね。名児耶さんが、ミクロの世界、と絶賛する理由がわかりました。今後の展開はなにか計画していますか?
吉住 研 同じデザインで、もうひとまわり大きいサイズでつくってみたいと思っています。
名児耶 そう、日本の下町が誇る見事な技術を世界へ知らしめて、伝説のクリップにしましょうよ!
“APY[エーピーワイ]”は 、60年以上の歴史を持つ東京下町のプレス工場のヨシズミプレスが創ります。プレッシング( 打ち抜く)技術を用いて、強い金属を繊細に美しく仕上げるブランドです。
1/100mm単位の精度を誇る高い加工技術による、安定した品質のモノづくりから便利さ・楽しさ・笑顔をうみ出します。
株式会社ヨシズミプレス
〒131-0043
<本社工場> 東京都墨田区立花4-28-2
<事業所> 東京都墨田区立花6-6-4
http://yoshizumi-press.com/
聞き手: 高橋美礼/Mirei Takahashi
デザイナー、デザインジャーナリスト。多領域のデザインに携わりながら、国内外のデザインを考察している。編集、執筆、デザインコンサルティングをおこなう。
主なデザインに「Tsun Tsun」(宮城壮太郎氏と共同デザイン/アッシュコンセプト「+d」)、「物語がはじまる」(世田谷美術館)、「トーキング・トーキンビ」(東京国立近代美術館)など。共著に「ニッポン・プロダクト」(美術出版社)、「2000万個売れる雑貨のつくり方」(日経BP社)など。多摩美術大学非常勤講師。落語好き。