2007年2月に誕生し、10年以上にわたり世界各国で販売されている+d 「ウキハシ」。
2020年10月のリニューアルにあたり「ウキハシ」のデザイナー・小林 幹也(こばやし みきや)さんに、
デザインのきっかけやコンセプト、カラーリングなどについて改めてお話を伺いました。
・この取材は2020年9月中旬に行ったものです。
・新型コロナウイルスの感染リスクを減らすため、最小限の人数で取材・撮影、スタッフのマスク着用などの対策を行っています。
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*「ウキハシ」 のデザイナー 小林 幹也 (こばやし みきや) さん
そもそも「ウキハシ」とは?
今回は、東京・目黒区にある小林幹也さんのオフィスに伺い、お話をお聞きしました。
ショールームも兼ねた2Fのスペースは、小林さんがデザインした木製家具や製品に囲まれています。
まるで小林さんのお家にお邪魔したような、やさしい空気感を持つ空間でした。
KONCENT STAFF(以下、K):
こんにちは。今日はどうぞよろしくお願いします。
小林幹也さん(以下 小林さん):
よろしくお願いします。
K:
こちらのショールームは、一般の方も来店されるのですか?
小林さん:
そうですね。今は予約制にしていますが、どなたでもご来店いただけます。
* 東京・目黒区にある小林さんのショールーム「IMPLEMENTS」内観
K:
独立して、ご自身の事務所を立ち上げたのは、いつ頃でしょうか。
小林さん:
2006年の4月です。
K:
2006年ということは 「ウキハシ」 の発売前ですね。
小林さん:
そうです。「ウキハシ」 製品化の途中。
K:
「ウキハシ」のデザイン提案を最初にいただいたのが2005年の10月なので、
以前のデザイン事務所から独立するまでの過渡期に「ウキハシ」があったということでしょうか。
小林さん:
はい。独立した時の初仕事が 「ウキハシ」 でした。
だから「これ(ウキハシの発売)が無くなったら、どうしよう」って、
いつもドキドキしていました(笑)。
本当に感謝しています。
K:
無事発売されてよかったです!
今や10年以上のロングセラー製品の「ウキハシ」ですが、現在は、KONCENTはもちろん、
全国各地のインテリアショップやミュージアムショップなどでも販売されています。
小林さん:
ありがたいことです。
K:
“ 箸置きがいらない箸 ”というキャッチコピーでご存知の方もいらっしゃると思うのですが、
そもそもデザインのきっかけは、どういったことだったのでしょうか。
小林さん:
実は僕、“箸置きがいらない”というよりも、“箸置きと箸がひとつになった” と考えています。
K:
と言うと?
小林さん:
両親が箸の持ち方や作法について厳しかったり、書道を習っていたこともあって、
子供の頃から「意識して道具を使う」ということをしていました。
ただ、学生の頃に友達と食事をしていた時、意外と箸の使い方や作法を知らない、
気にしていない人が多いなということに気がついて、そこから「箸の作法」について調べたんです。
小林さん:
中国や韓国でも箸を使うけれど、日本のマナーとは少し違っていたり、
日本独自の箸の作法が結構あることがわかって、作法もひとつの「文化」だと思いました。
そういう「文化」が忘れられてしまうのはすごく寂しいことだし、何より意識して道具を使うことは、
周りへの配慮や感謝の気持ちの表れでもある。
また、自分自身も落ち着いた時間を過ごすための一つの手段だと思っています。
そうしたことに視点がいくようなコンセプトの箸が作れたら、と考えてデザインしたのが
「ウキハシ」でした。
K:
つまり「ウキハシ」は箸を置く時だけではなく、持ち上げて、使って、再び置くまでの
食事全体の所作に繋がっているということでしょうか。
小林さん:
そう、だから箸置きを否定しているわけではないんです。
箸置きを使うということと、この「ウキハシ」のデザインは僕の中で同じこと。
ただ、今の暮らしの中では、箸置きを出す間もなく食事を取らなくてはいけないという状況もある。
そういう時に、ひとつの道具の中に “箸置きと箸の両方の機能を持っている” ことで、
新しい箸の在り方が提案できるのではと考えたのが、始まりでした。
K:
なるほど。確かに、自分の普段の生活を省みると、箸置きを出して食事することが少ないですね。
器に箸を渡すとお行儀が悪いから、ずっと持ったままだったり、忙しないです。
でも、“箸を休める”ことを意識的にできれば、ゆっくり食事を味わったり、会話を楽しんだり、
豊かな時間が生まれそうですね。
ウキハシ 誕生までの道のり
K:
「ウキハシ」のデザインは、小林さんから直接アッシュコンセプトにご提案いただきましたが、
代表の名児耶(なごや)との最初の出会いはいつ頃ですか。
小林さん:
学生の時です。一度、名児耶さんにデザインを提案したことがあって。
K:
そうなんですね。その時はどういったものを?
小林さん:
1本用のペン立てです。吸盤付きの。
その時はまだ学生でしたが、時間作って会ってくださったのを今でも覚えています。
社会人になって独立準備を始めていた頃に、改めて「ウキハシ」のデザインを送らせていただきました。
その後に「会いましょう」ってお返事いただき、急いで、サンプルを制作して提案に伺いました。
K:
それが2005年の10月ですね。その時の提案書がこちらです。
*2005年10月 最初の「ウキハシ」 のデザイン提案書より
小林さん:
懐かしいなー。
K:
この時点で、すでに今の「ウキハシ」の原型ができていますね。
小林さん:
この時は、重量のバランスだけで成り立つと考えていましたが、サンプルを見てもらったところ
「無造作に持ったとき、箸の片方が逆さになると、先端同士が離れてしまって使いづらくなる」
という指摘をいただきました。
K:
「+d (プラスディー)」というブランドは、デザイナーの方の想いを形にすることはもちろんですが、
使う人の立場になってモノづくりをすることも重要な点であるので、
「“使いづらさを感じる製品” は発売したくない」ということでしたね。
小林さん:
その“使いづらさ”をどう解決するか考えるよう言われて、改めて「ウキハシ」のコンセプトである、
“揃えて置くからこそ、箸の先端が浮く。そして、揃えて置くことで、自然と所作が美しくなり、
使いづらさもなくなる ”という考えを伝えました。
K:
まさに 「This is a message」。小林さんの想いが届いた瞬間ですね。
その約1ヶ月後、2回目のデザイン提案では、色・形状・用途の展開として全部で6パターンありますね。
小林さん:
最初は木製で作りたいというのもあって、漆塗(うるしぬり)のものや菜箸も提案していました。
あとは、箸の途中に突起をつけて先端を浮かすデザインや、量産性を考えて、“割りばし” など。
とにかく色々描きました。でも、本当は最初のシンプルなデザインが一番いいと思ってました(笑)。
K:
確かに、これ以降のご提案は、最初のデザイン(原型)に戻っていますよね(笑)。
K:
そして、3回目と4回目のご提案は、主に上面についてですね。
小林さん:
はい。“上面をどう認識させるか ” という課題があって、そのためのサインを考えていました。
視覚的にもそうですけれど、凹みがあることで触ってもなんとなく上面がわかるようにしてあります。
K:
実は、この凹みには秘密があるんですよね。
小林さん:
はい。
K:
インジェクション成形 (*注) でプラスチック製品を作る際は、樹脂を金型に流し込みむ為の
“ゲート口(注入口)”が必要で、出来上がった製品にも、このゲート跡が残ってしまいます。
*注 インジェクション成形(射出成形):加熱した原料(プラスチック)を金型に加圧注入し、固化させ成形する方法
そこで「ウキハシ」では、この凹み部分をゲート口にし、
さらにその上に、別パーツで作った“蓋”をかぶせるという方法をとっています。
こうすることで、プラスチック製品の弱点ともいえる“ゲート跡”をきれいに隠すことができ、
さらに、自然と箸をそろえて置きたくなるデザインにもつながりました。
そして、こちらがその時のデザイン。
最終的に製品化された「ウキハシ」と異なり、本体と 凹部分の色合いを変えてありますね。
小林さん:
そうですね。この段階では何がベストかまだわからなかったので、いろいろデザインを提案して、
検討していた時の名残りですね。
*2005年12月 3回目の「ウキハシ」のデザイン提案書より
*製品化された「ウキハシ」。本体と凹み部分は同一色になっている。
K:
なるほど。常に試行錯誤を繰り返しながらの商品開発だったことがうかがえますね。
その後、最後(2006年8月)に 凹部分と全体のカラーリングについてご提案をいただき、
ついに2007年2月に「ウキハシ」が発売されました。
*2007年2月に発売された「ウキハシ」。当時の製品資料より抜粋
K:
2005年10月の提案から、約1年半かけての製品化でしたが、いかがでしたか。
小林さん:
うれしかったですね。「ウキハシ」 が、自分のデザインした最初のプロダクトだったので。
売り場にも見に行って、さりげなくディスプレイを直したりしていました(笑)。
あと、『デザインの現場』(美術出版社/2007年4月号)にも取り上げていただいて。
まさかデザイナーとして、雑誌に掲載される日が来るとは思っていなかったので、
とにかくうれしかったです。
*小林さん所蔵の『デザインの現場』 2007年4月号。成型過程など、詳細に取材されている。
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前篇はここまで。
後篇は、カラーリニューアルによって進化し続ける「ウキハシ」の魅力について、
さらに詳しくお話を伺います。
*後篇は、こちらからご覧いただけます。
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