コップから水が流れ出ているような姿に、思わず驚いてしまう +d「Oh!!」。
デザイナーの林 篤弘(はやし あつひろ)さんにデザインのきっかけやコンセプト、製作秘話などを伺いました。
・この取材は2021年4月末に行ったものです。
・新型コロナウイルスの感染リスクを減らすため、オンラインインタビューを行いました。
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無理をしないデザイン
KONCENT Staff(以下、K):
こんにちは。本日はよろしくお願いいたします。
今日はご自宅からでしょうか。
林 篤弘さん(以下、林さん):
そうですね。自宅兼仕事場なので。普段もここで作業をしています。
*「Oh!!」 のデザイナー 林 篤弘(はやし あつひろ) さん
K:
まずは、デザインのきっかけからお伺いできればと思います。
最初から、こうした”水が流れ出ているようなコップ” のアイデアを思い浮かべていたのでしょうか。
林さん:
実は「歯磨きコップのデザインをしてみたい」ということが始まりなんです。
K:
というと?
林さん:
毎朝歯磨きをする時に、ぼんやりコップを眺めているんですが
「もう少しこのルーティンワークの時間を楽しめるデザインにできないかな」って考えることが多くて。
K:
毎日同じ動作を繰り返していると、ちょっと退屈さを感じることがありますよね。
林さん:
あれこれ考えているうちに、漠然と「コップが逆さまになった状態で宙に浮けばいいのにな」
ということを思いついたんです。
K:
「宙に浮いているコップ」とは、斬新ですね。
林さん:
宙に浮くと、水はけもよくて乾きやすいですし(笑)。
ただ、実際に宙に浮かせることは物理的には難しい。
そこで「コップ用のスタンドを用意してひとつの点で支える」ということを考えました。
けれども「点で支える」と、どうしてもコップが斜めに傾いてしまう。
K:
確かに、かなり慎重に置かないと、まっすぐに立たせるのは難しいですね。
朝の忙しい時間帯などでは、イライラしてしまいそうです。
林さん:
スタンドの先端を平らにするなど、工夫することで解決策は導きだせるんですが、
そうするとどんどん複雑な形になって、コップ自体が乾きにくくなったり、
コップとスタンドの接触面が増えて不衛生さを感じたりと、
別の問題が発生してしまいます。
そこで「コップが斜めになりたいんだったら、もう、斜めにさせてやろう」と。
無理をしないことを受け入れることにしました。
K:
「無理をしない」、自然の流れに任せるように生まれたデザインなんですね。
スタンドの形状は、どのように決まりましたか?
林さん:
デザインを色々と描いているうちに
「あれ、このスタンドの形は、ちょうどコップから水が流れているみたいだ」ということに気が付いて。
もともと、水や木などの自然の造形物を暮らしの中にデザインとして取り入れる
ということを考えていたこともあったので、
水に模したものとして「流れる水」と「波紋」にしました。
そうすると、スタンド自身も支えるだけの役目から存在感が生まれてきて、
宙には浮いていないけれど軽やかで楽しいプロダクトになりました。
*デザイン決定までの思考過程が描かれたラフ画 (提供:林篤弘さん)
見えない波紋を追い求める
K:
造形にあたり、こだわったポイントはどこでしょうか。
林さん:
スタンドの「波紋」部分ですね。
K:
プレゼンの段階では、波紋の部分が”丸(正円)”ですが、
完成品では、水がこぼれた時にできるような少し歪んだ形に変わっていますね。
林さん:
はい。最初は私自身が概念的に「波紋ですよ」というデザインを描いていましたが、
「なんだか、しっくりこない」という感想をいただきました。
パッと見た時に「本当の水みたい」「水が流れ出ている」という”リアルさ”を
目指した方がこのプロダクトは面白いのではないかという結論に至り、
「だったら、きちんと流れる水を観察しないといけない」と。
K:
なるほど。そこから探求が始まったわけですね。
具体的にはどのようなことをされたのでしょうか。
林さん:
まず、お風呂場で水を流しながら「厚み」を計測したり。
K:
おひとりで?
林さん:
ひとりで。地味にやっていました(笑)
実は、水の厚みは流す素材の性質(撥水性など)によって変化しますが、
今回はリアルさを追求しつつ、成形に耐えうる一番厚い状態の「3mm」を採用しました。
K:
波紋の形状はいかがでしょう。池や川にも行かれたと伺いましたが。
林さん:
厚みの計測は簡単だったんですが、波(波紋)の状態はなかなかよくわからなくて。
この観察にはだいぶ時間がかかりました。
水道の蛇口からジャーと水を流した時は真ん中の窪みは見えますが、
横への広がりは薄いので波の動きがあまり大きくならず、ほとんど見えない。
そこで、雨の日に川や池などに落ちる雨粒からできる波紋を観察したり、
デジタルカメラの高速連写で撮った画像を一枚づつ確認して
微かな波紋を見つけたりと、理想の形を追い求めていました。
K:
無理をしないあるがままの姿を受け入れつつも、大事なポイントはしっかり押さえる、
絶妙なバランス感覚を感じます。
*スタンドの形状の変化1:まったく波紋のないもの(左上)から歪みのあるもの(右下)まで、さまざまな形状が試行錯誤されていた。
*スタンドの形状の変化2:正円(左)の波紋とリアルな波紋(右)の対比。デザインの追及過程で、コップのサイズも変更された。
いつもと違う道を歩いてみつけた「覆水盆に返らず」
K:
「Oh!!」にはサブタイトルとして「覆水盆に返らず」という諺が添えられていますが、
このメッセージも「無理をしない」ということと共通点がありそうです。
林さん:
実は、この言葉は作っている過程で「Oh!!」の形から連想ゲームのように出てきたものなんです。
歩きながら考えることをよくするのですが、ある日水辺を歩いていた時に
「あれは、覆水盆に返らずじゃないか」とふと気が付きました。
「そうすると、色んなことがつながっていくぞ」と。
K:
なるほど、連想ゲーム。水のように流れがつながったんですね。
林さん:
そうですね。最初にゴールを決めて「こうやっていこう!」というよりも、
「コップを宙に浮かせたい」というアイデアから、形や言葉の連想が続いて、
水が流れて「あるべき場所に収まる」ようにコンセプトが決まったという印象です。
K:
これまでも、そういった連想や流れを感じたデザインはありましたか?
林さん:
「形状的にこうならざるを得ない」というある種の連想が生まれることはありましたが、
この「Oh!!」ほど最初から最後まで流れの中でできていくというのは、はじめてですね。
これまでは、やや語弊があるかもしれませんが、構造や仕掛けの面で工夫を重ね、
ある意味「無理をして」形を作っていくことが多かった。
「Oh!!」は構造的にはありきたりのものだけれど、無理をせずありのままを受け入れることで
新しい表現ができたと思います。
K:
その無理を「する」から「しない」への転換点はどこにあったのでしょうか。
林さん:
うーん。意図的に変えたというよりも、、、
例えば、毎日歩いている道があったとして、ふと横に違う道があることに気がついて
「こっちの道歩いてみたら、どうかな」という感じで行ってみたという。
それくらいの軽い気持ちだったと思います(笑)
K:
「ちょっと行ってみた」くらいの(笑)
ちなみに、途中で引き返そうとは思いませんでしたか。
林さん:
今、思い出しましたが、
私、結構早い段階で戻りかけました。
K:
なんと!
それでも進み続けたのはなぜでしょう。
林さん:
アッシュコンセプトさんへ最初にデザイン提案をした時に「ちょっと違う」という感想をいただいて、
その時はコンセプトやメッセージが明確になっていなかったので、すぐに改善点や代替案が出てこなかった。
でも「もう少し一緒に考えませんか」と言っていただけたので、まだ進めそうだと思えました。
K:
引き返さず、しっかり歩み続けていただけて、よかったです!
その後、約2年間にわたる開発期間で形状やサイズ感が具体的になり、機能性のあるプロダクトとして着々と製作が進行されていきましたが、この「覆水盆に返らず」というメッセージが林さんご自身から出たことで、発売に向けての本流につながりましたね。
林さん:
そうですね。いつもと違う道を歩いてみたから出たキーワードでした。
なので、この製品に関しては、半分は私のデザインですけれど、
半分はアッシュコンセプトさんのディレクションで出来上がったものかなと思っています。
過ぎたことを水に流す 軽やかさを
K:
「Oh!!」は、見た目の楽しさはもちろんですが、
ユーザーとしては、コップを戻す瞬間が最大の喜びポイントかなと思いますが、
いかがでしょうか。
林さん:
そうですね。
コップを置くことで、使う人自身がデザインを完成させられますし、
ピタッと止まらずに、くるくる回ったりと、揺らぎの中に愛嬌がありますよね。
K:
確かに、ちょっと生き物みたいな愛らしさも感じます。
林さん:
それに、コップの縁がスタンドに触れないので、衛生的に乾かせるという機能性もあるんですよ。
K:
すごい。よく見ると、コップとスタンドの間にわずかなすき間が!
軽やかでありつつ、使う人への心遣いがしっかり盛り込まれていますね。
*製品と同サイズの透明なコップを挿したもの。スタンドにコップの縁が触れていないのがわかります。
K:
それでは最後に、これから「Oh!!」に出会う方へ一言お願いいたします。
林さん:
特に使う人を限定していませんが、子どもたちにも伝わるデザインだと思うので
「歯磨き、めんどうだな」と思うときに「Oh!!」と一緒にその時間を楽しんでほしいです。
それから、日々暮らしていると失敗したり、あれこれ悔やんだりすることもありますけれど、
「Oh!!」を眺めながら、「過ぎたことは水に流そう」と前向きな気持ちになってくれたら、うれしいです。
K:
この「Oh!!」のデザインで、少しでも笑顔からはじまる朝を届けられたら素敵ですね。
本日は貴重なお話しありがとうございました。
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