未来の自分へ手紙が送れるお店『自由丁』の代表であり、詩人としても活動する小山将平さんにコーヒーについてのお話とcerapotta『セラミックコーヒーフィルター』の感想を伺いました。
写真:『自由丁』の店先にある黒板には、さまざまな人の思いが詰まっている。デスクを使用して文章を書くのは予約制になっているが、地元の小学生がフラッと入ってこれるような間口の広さと懐の深さがある。
生き方を決定づけたシアトルのコーヒーカルチャー
KONCENT(以下、K):
小山さんは理系のご出身と伺ったんですが、それで現在、『自由丁』を運営しながら、詩人としても活動していらっしゃるというのが結びつかなくて。どのような経緯で現在に至ったのでしょうか?
小山将平さん(以下、小山さん):
小学校では算数と理科が得意で、大学では物理を専攻してました。その頃に谷川俊太郎さんの詩集『20億光年の孤独』を読んで、衝撃を受けたんですよね。「万有引力をこんなに美しい日本語で表現できるんだ!」って感動して。それで、詩やエッセイを書き始めました。
K:
なるほど。物理と詩が、そこで出会ったんですね。
小山さん:
科目としての「国語」って、おもに読解力じゃないですか。それは苦手だったんですけれど、文章を書くのは、ものづくりに通じるものがあって、面白いですよね。
K:
コーヒーが好きになったきっかけは何かありますか?
小山さん:
大学時代に一年間留学していたシアトルですね。毎朝起きるとホストファミリーのお母さんがコーヒーを淹れてくれているし、街にもたくさんのカフェがある。大手コーヒーチェーンもあるし、それと同じかそれ以上に独立系のカフェもいっぱいある。
カフェのスタッフも画一化されていなくて、接客スタイルもさまざまで、すごく個性的な人がいたり、お店の空間もこだわりがあったり。それが面白くて1日に5〜6軒回るようになっちゃいましたね。シアトル系は深煎りから中深煎りで、日本人の舌にも合いやすいというのもよかったんでしょうね。
日本に戻って、新卒で大手IT企業に就職して。当時、蔵前に住んでいたので、KONCENTさんやSOL’S COFFEEさん(vol.1に登場)によく行ってましたよ。
K:
当時は蔵前駅のすぐそばにKONCENT 蔵前本店がありましたからね。
※2020年に移転。現在、KONCENT 駒形本店として営業中。
小山さん:
コーヒーを飲みながら、リエコさん(SOL’S COFFEEのアライリエコ氏)ともよく喋ってて、じつは実家が近所同士だとわかったり。そんな感じでカフェでよく過ごしていて、会社では研修でプログラミングを学んで簡単なソフトウェアをつくったりもしていたんですが、段々とこの会社で自分がやりたいことはできないなと思えてきてしまって…。その会社は半年で辞めてしまいました。
それで、またシアトルへ行ったんです。留学していた時のホストファミリーのお宅に荷物を置かせてもらって、アメリカを放浪してました。その頃に文章を書く習慣が身についたと思います。独りだし、やることもないですからね。本屋さんに行ったり、雑貨屋さんに行ったり…。カフェが好きだから行くんですけど、コーヒーを飲む以外にすることがないんですよ。仕事の合間の休憩に来ているわけでもないし。それで「コーヒーを飲みながら、文章を書く」というのが日課になっていった感じです。
シアトルでは、ローカルのミュージシャンのライブを観られる機会が本当に多くて。ホストファミリーの長男がシンガーソングライターをしていて、街でライブをするというので、観に行ったんです。満員の観客で盛り上がっていたんですが、彼は客席を気にも留めずに自分の音楽に集中している。何かのために音楽をやるのではなく、「ただ音楽が好きだからやっている」そんな姿を見て雷に打たれたというか、「こうやって自分に素直に生きることが正解たり得るんだな」って思ったんです。それで生き方が決まった気がします。
一人ひとりが素直に生きられる世界を作りたい
小山さん:
日本に戻って、また就職したものの、なかなかそういう“健やかな生き方”ができる社会にはなっていないな、と。「自分に素直に生きる」って言ってそのままの自分で入って行っても、ゴツゴツするというか…。
K:
摩擦が生じますよね…。
小山さん:
これはもう、自分でそういう世界を作るしかないな、と。「一人ひとりが素直に生きられる世界を作りたい」「自分と向き合う文化を根付かせたい」という思いで起業しました。
「自分と向き合う」といえばやっぱり一人旅だろうということで、旅行ガイドのアプリを作ろうとしたんです。万人受けするものではなく、一人ひとりの趣味嗜好に合わせてパーソナライズできるアプリを作ろうと、資金調達のためにいろんな出資者・投資会社の方にお会いしたんですが、うまくいかず、自分たちだけでやろうとしたんですが、結局、頓挫してしまい…。また、あらためて「何がやりたかったんだろう?」と自分と向き合うことになりました。
K:
「自分に素直に生きよう」と思っても、社会に揉まれるうちにいつの間にか本当の自分を見失ってしまったり、自分に嘘をついて生きている人も少なくないと思います。そうなる前に立ち止まって、自分と向き合うことが大事なんですね。
小山さん:
「一人ひとりが素直に生きられる世界を作りたい」という軸はブレずに、それを実現するにはどうしたらいいだろう? とあらためて自分と向き合いました。それまで書きためてきた文章をプリントアウトしたら、すごく分厚い束になって、それを持って軽井沢のホテルに籠もったんです。コーヒーを飲みながら読みふけっていて「めちゃくちゃイイこと言ってんな、コイツ」と思って。自分なんですけど(笑)
小山さん:
昔の自分が書いた文章や詩がピュアで、すごく励まされたんです。今の自分の背中を押す、手紙のように感じたんですよね。じゃあ、悩んでる今の自分も未来の自分に宛てて手紙を書いたら、未来の自分の背中を少しでも明るくすることができるんじゃないか? そうであるならば、悩んでる今の自分も肯定的に捉えることができる。そういう場が『自由丁』であり、一年後の自分へ手紙を書く『TOMOSHIBI LETTER』というサービスになりました。
※当初は『TOMOSHIBI POST』というオンラインサービスだった。
K:
自分に向き合うことって、意外と難しいかもしれませんね。日常のなかで流されてしまうというか。旅のように、日常から離れることで見えてくるものがある気がします。この『自由丁』という場所で自分と向き合う時間を作ることで、本当の自分の気持ちに気づくきっかけになりそうですね。
出店場所として蔵前を選んだのは、何か理由があるんですか?
小山さん:
住んでたことがあるというのは大きいですね。葛飾区出身なので下町の雰囲気が馴染みやすいんでしょうね。あと、この「一年後の自分に手紙を書く」というのを一過性のブームやエンタメにしたくなくて、ちゃんと文化として根付かせるために、流行り廃りに左右されない場所がいいな、と思いました。
持ち帰りたい本と自分のおすすめの本を交換する『繋がる本棚』(本棚利用料550円)。多くの本には、次読む方へのお手紙が挟まっている。
cerapotta『セラミックコーヒーフィルター』の感想
この日のコーヒー豆は、自由丁さんでも楽しめるコフィノワさんの『Kuramae Blend』を中粗挽きで。
K:
ご使用いただいて、いかがでしたか?
小山さん:
新鮮な体験でしたね。いつも一般的なプラスチックのドリッパーで淹れてるんですが、cerapottaは重さがある。「体験に質量がある」って言うのかな。手触りもいいですね。プラスチックのドリッパーには愛着は湧かないけど、このセラミックコーヒーフィルターには愛着が湧くと思います。
K:
たしかにマテリアルが違うことで、なんだか特別な感じがしますよね。
小山さん:
個人的にはですが、誰かのためにコーヒーを淹れるというよりは、独りの時間をゆっくりと楽しむ時に使いたいですね。そもそもコーヒー豆だけでなくコーヒー器具までも気分に合わせて使い分けることをあまりしてこなかったので、そういう部分も含めて新鮮な体験だなと感じています。
コーヒーを淹れる時間
K:
小山さんはふだん、どんな時にコーヒーを淹れるのでしょうか? また、好きなコーヒー豆の産地など、何かこだわりはありますか?
小山さん:
朝は時間があれば淹れるけど、決まって飲むのは夕食後ですね。ポットを火にかけて、豆を挽いて、お湯が沸くまでの間に、ちょっと文章を書いたり…。
豆は数種類ストックしていて、味というよりも、「これはあそこで買った豆」「これはあの人がお土産にくれた豆」など、思い入れを楽しむような。日々の余韻に浸っている感じかなぁ。産地のこだわりではないんですが、去年(2022年)ケニアのコーヒー農園を見に行ったんですよ。
K:
農園まで行くなんて、筋金入りのコーヒー好きですね!
小山さん:
仕事の関係で行ったんですが、コーヒーノキ(コーヒーの木)には驚きました。収穫量が落ちてきた古い木は、幹を結構、根元の方から切るんですよ。その老いて朽ちたような切り株からまた新芽が出てきて、不死鳥のように蘇るんです。それがだいたい自分の身長と同じぐらいの高さの木になるんですけど、「コイツ、オレより全然スゴイな!」と思って(笑)人間は死んだら終わりですから。
たわわに実ったコーヒーチェリー。完熟すると赤くなる。
老朽化した切り株から伸びる幹。新芽も出ている。
K:
小山さんは「コーヒーを淹れる時間」をどのように捉えていらっしゃいますか?
小山さん:
コーヒーの良さは、酔っ払わずに覚醒できる、冴えた状態でいられる、ということかなと思います。だから、文章を書くことや、思索と相性がいい。好きな編集者で若林恵さんという方がいらっしゃるんですが、彼が編集長をしていた雑誌・日本版『WIRED』でコーヒー特集があったんです。もうすぐ日本にブルーボトルコーヒーが上陸するって頃に(『WIRED vol.12』コーヒーとチョコレート 2014年)。
その巻頭に「フレッシュコーヒー・マニフェスト」っていうタイトルの若林さんのコラムがあって。それが衝撃的にカッコイイんですよ。「僕も日々のコーヒー体験のなかで、この文章に書かれているようなコーヒーの価値をたしかに感じている!」と鮮明に思ったんですね。読んでみてください!!
「フレッシュコーヒー」は、本来は単に「淹れたて」を意味するだけだけれど、それだけで済ませておくにはもったいないことばでもある。それは、覚醒しながら自己刷新を繰りかえす冷ややかなアタマと、昨日よりはちょっとマシな世界を静かに夢見つづける温かいココロの象徴であるかのように、ぼくには聞こえる。(『WIRED vol.12』コーヒーとチョコレート より抜粋して引用)
K:
なるほど…。「一人ひとりが素直に生きられる世界を作りたい」という、やさしいレジスタンスを先導する小山さんと重なる気がします。今回は貴重なお話、ありがとうございました。
自由丁
東京都台東区蔵前4-11-2
営業時間
水〜金:13:00〜20:00
土・日・祝:10:00〜20:00
定休日:月・火(祝日は営業)
https://jiyucho.tokyo/
忙しない日々の中で、私が、あなたが、感じたこと、考えたこと、思っていること、悩んでいること。日々生まれては消えていく、そんな様々な気持ちたちについて、心ゆくまで考えたり、書いたり、悩んだりできる場所。それが「自由丁(JIYUCHO)」です。
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