Design Story Kinome


2020年に開催された「h concept DESIGN COMPETITION」のテーマは、”ひとめ惚れ”。

人との出逢いはもちろん、モノとの出逢いにも、デザインや機能、アイデアやバックストーリーなど思わず心惹かれてしまう”ひとめ惚れ”が存在します。

そんな”ひとめ惚れ”してしまう生活用品として応募されたデザインは、総数362点。
その中から選出された3点が2021年秋、+dの新製品として発売されます。

この通称+d「ひとめ惚れシリーズ」から、今回は『Kinome』のデザイナーであるwah(ワ―)のお二人にお話しを伺いました。

・この取材は2021年10月中旬に行ったものです。
・新型コロナウイルスの感染リスクを減らすため、最小限の人数で取材・撮影、スタッフのマスク着用などの対策を行っています。
お二人には撮影時のみマスクを外していただいております。

 

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毎日出会ってちょっとうれしい、ひとめ惚れ

普段は会社(メーカー)勤めをしながらデザインユニットとして活動されているお二人。
この日も、お仕事の後にインタビューに臨んでいただきました。
お二人の人柄や関係性がよくわかる、笑いの絶えないにぎやかな雰囲気の中、話は進んでいきます。


*『 Kinome』 のデザイナーwahのお二人 / 左:脇坂政高(わきさか まさたか)さん、右:八田 興(はった たかし)さん

KONCENT STAFF(以下、K):
こんにちは。本日はよろしくお願いします。
今回、「h concept DESIGN COMPETITION(以下、アッシュコンペ)」にご応募いただいたことがデザインのきっかけになったと思いますが、テーマの”ひとめ惚れ”について、どんな印象を持ちましたか?

八田 興さん(以下、八田さん):
抽象的なテーマより “ひとめ惚れ” という強いキーワードのほうが、いろいろ発想が展開すると思うので、考えやすいテーマだなと感じました。

脇坂 政高さん(以下、脇坂さん):
そうですね。商品のデザインを考える前に、二人で「”ひとめ惚れ”って何だろう」「愛って何だろうね」とか話して、キーワードやアイデア出しをしていましたね。

八田さん:
“ひとめ惚れ”って「出会った時にとりつかれるような大きな衝撃」を思い浮かべやすいけれど、日用品においては、そういう「一生に一度あるかないかのような衝撃」よりは「毎日出会ってちょっとうれしい」くらいのほうがいいよね、というのを二人で話していて、そういうモチーフを探していました。

K:
そのモチーフは、どのように見つかったのでしょうか。

脇坂さん:
仕事やアイデアに煮詰まると散歩をすることがあって、その中で「道端でがんばっている花」に出会ったんです。そこから、植物が発芽した瞬間のうれしさや、慈しむ気持ちを体験できることが、毎日の”ひとめ惚れ”につながるのでは、と考えて「植物」をテーマにすることにしました。

K:
なるほど。「植物」から、コーヒーに繋がったのは、なぜでしょう?

八田さん:
コロナ禍でコーヒーを毎日自分で淹れるようになって、その時間が自分の中ではすごく退屈だなと感じていて。なにか楽しくできるアイデアはないかなと考えていた時に、アッシュコンペの「植物」というモチーフとかけ合わさって「これはいけるんじゃないか!」と。たまたまシナプスがつながった感じです。

K:
コーヒーを淹れているときに、むくむくっと想像の芽が生まれてきたんですね。
でも、もともとお二人は、どっぷり「コーヒー派」というわけではなかったんですよね。

八田さん・脇坂さん:
(声をそろえて)そうですね(笑)

脇坂さん:
毎日のように飲んではいたんですけれど、豆から挽く、というようなことまではしていなかったです。

八田さん:
逆にコーヒー通じゃないから、この淹れる時間のめんどくささや、退屈さというネガティブな気持ちをポジティブなものに変えようと考えられたのかもしれない。

脇坂さん:
そう。やっぱり好きでその道にどっぷりはまっていると、もっと機能性の高い道具を求めて、この遊び心(アイデア)は育たなかったと思います。


*アッシュコンペ応募時のデザイン(提供:wah)。コーヒー豆を土に見立て、新芽を育てるというイメージがしっかり伝わりました。

 

デザインとおいしさ、両方を追い求める

K:お二人で活動されているということですが、役割分担などはありますか?

脇坂さん:
普段は明確な役割分担とかはないですね。今回は、八田がスケッチを描いたので、図面も起こしてもらって、それをもとに「もう少しこうしたほうがいいんじゃないか」と話し合いながら進めました。

八田さん:
製品化にあたってのデータ作りも僕がメインでしたが、会社の休憩時間とかに二人で話し合っていました。気が付けばこの一年ずっとコーヒーのことばかり考えていて(笑)。さまざまな形状にトライをしました。

K:
アッシュコンペで応募いただいた時から、サイズ感や素材も一部変更されましたが、デザインの上でこだわったポイントは、どこでしょうか。

左:アッシュコンペ応募時のデザインを元にしたモックアップ。右:『Kinome』製品。(カップはARITAJIKI の mug(WH) を使用)

脇坂さん:
自分達の中では優先順位をつけていて、今回の一番大事な部分は「芽(栓)」。2番目が「鉢(フィルター)」。その次に「土台(スタンド)」。

K:
「芽」は、当初からの「植物」というデザインの要ですものね。

脇坂さん:
最初は、やわらかすぎると、へたって元気のない植物に見えてしまうことを懸念して「硬くしたい」と考えていましたけれど、アッシュコンセプトさんから植物の持つやわらかさを提案していただいて、色合いも含めて、いい塩梅になりました。

K:
コーヒーの粉やお湯がちょっとかかった時に「芽」が “ぷるぷるっ”と動くのが、愛らしいです。


*「芽」の試作(一部)。色・大きさ・柔軟性など、植物らしさへのこだわりが詰まっています。

八田さん:
それからフィルターは「芽」を目立たせるために「植木鉢」に近い形状がいいだろうと考えました。素材は、質感のある焼き物であり、サステナブルな素材ということを目的としていたので、セラミックフィルターの採用を想定しました。ただ、実際にコーヒーを淹れてみると、底が真平な形状では、目詰まりをしてうまくドリップできなかったんです。

K:
そういえば、一般的なセラミックフィルターは、円錐形や側面に凹凸がついていることで、コーヒーがスムーズに落ちるような流れになっていますよね。

脇坂さん:
フィルターの裏面に脚をつけたり、溝を何本入れるかなど、何度も試行錯誤しました。
もちろん見た目(デザイン)へのこだわりもあるけれど、底面の形状やコンマ数ミリの厚みの違いで、味がまったく変わるということを知って「ちゃんとおいしいコーヒーを淹れられる道具にしよう」って考えるようになりました。

八田さん:
コーヒー豆とフィルターの関係がここまで深いものだとは思っていなかったので衝撃を受けましたね。バリスタの方にもご協力いただいて、かなり細かく設定を詰めていきました。

*「鉢 (フィルター) 」底面の試作(一部)。隠れた部分にデザインと味の両立を追求した軌跡が見受けられます。


*『Kinome』(製品) からコーヒーが抽出される瞬間をとらえた様子。

K:
優先順位的には下位の「土台 (スタンド) 」ですが、今見ている限りでは、一番試作品が多そうです。
もともとは、シリコーン素材で検討されていましたよね。

八田さん:
そうですね。加工性や機能面、また「鉢」との視覚的統一感にが生れることについても検討し、素材を磁器へ変更しました。デザインも一度ゼロベースから直し、一番悩んだ部分です。「鉢」を固定する爪や、コーヒーの抽出具合がわかるようにする「のぞき穴」の形状なども含め、「鉢」とのデザインの相性や実際に機能性が向上するかなどチェックしながら、細かい変更を何十回も行いました。

脇坂さん:
この「土台」の意味って何だろうって話をした時に、「芽」や「鉢」を際立たせる部分だからこそ、適当なデザインにしていいものじゃないと考えて、最後までこだわりました。

ただ、僕たちとしては、「土台」があることによって”鉢植えが飾ってある”ことが伝わるデザインを大切にしたかったので、土台の「のぞき穴」をあまり大きくせず小さめのデザインを提案していましたが、アッシュコンセプトさんからは「機能もデザインの大事な要素だから、見せましょう!」と。かなり、せめぎ合いました(笑)

八田さん:
穴じゃなくて、すき間から見えるようなデザインを出したりして(笑)

K:
もはや円形ではなくワイヤーのような線状のものもあったりと、闘いの跡が見えますね(笑)


*「土台」の試作(一部)。「鉢」を支える爪や、のぞき穴の形状など多種多様なデザインの提案がありました。


*『Kinome』(製品) の土台部分。C型にすることで、コーヒーの抽出具合が見える機能性と、磁器の持つ意匠性を両立する仕上がりになった。

K:
最終的には「C型」のデザインになりましたが、決め手などあったのでしょうか。

脇坂さん:
製品開発中に開催された展示会(h concept×LIFE STYLE SALON)で、試作品をユーザーやバイヤーの方に見ていただく機会があって、そこでユーザー目線での意見を伺い、抽出具合が見えることの重要性を感じたことが大きいです。

八田さん:
デザインをするときは客観性が大事なはずなのに。見失っていたよね(笑)

脇坂さん:
結果的に、使い勝手も見た目もいい製品になりました。パッと見では、ポップなデザインだけれども、職人の方などの高い技術力により、しっかりと機能面も持ち合わせることができました。
自分達だけでは絶対に到達しなかったなって思います。関わっていただいた方々に感謝しています。



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誰かと一緒に「芽」を育てているように

K:
すでに最終試作をお使いいただいていると思いますが、今日は、改めてお二人に『Kinome』でコーヒーを淹れていただこうと思います。

脇坂さん:
ここは八田に任せよう!

八田さん:
えぇ、恥ずかしい(笑)。では、2杯分淹れますね。

K:
この「芽」の目盛りも、もともとは一杯分だけでしたよね。

脇坂さん:
そうですね。二人分淹れられるように、二本線を追加しました。
一人分はもちろん、友達や家族と一緒に淹れてもらうことを想定しています。

K:
確かに。誰かと淹れていると、一緒に「芽」を育てているような気持ちになりますね。
ドリップ中も会話や笑顔が自然と生まれるので、コミュニケーションツールとしても活躍してくれそうです。


*「芽」の試作(左:アッシュコンペ応募時のモックアップ / 右:『Kinome』製品)コーヒー豆の目安となるガイドラインを1本から2本に変更した。

八田さん:
よし!淹れ終わりました。いい香り!

脇坂さん:
では早速、いただきましょう!

K:
“ひとめ惚れ”というテーマから生まれた『Kinome』ですが、お二人はどんな人が “ひとめ惚れ” してくれると思いますか。

八田さん:
コーヒーが好きな人はもちろん、(ドリップに)興味があるけれど、なかなか手を出せないでいる人の始めるきっかけになれば。あとは、植物を育てるのが好きな人や、植物を育てたいけれど、いろんな事情で育てられない人とか。そういう人の生活に潤いを与えられる存在になってほしいなと思っています。

脇坂さん:
“ひとめ惚れ” の状態は長く継続しないかもしれないけれど、使っていない時にも目に届く場所に置いて、その人の日常に色を加えたり、ほっとしたり、明るい気持ちにできればと思います。それから、家族で食事をする場にこの子がたたずんでいる姿が、毎朝の生活の習慣になってもらえたら、うれしいです。

K:
最初プレゼントするとしたら、誰に贈りますか。

脇坂さん:
まずは、両親に。コーヒー好きな家族なので、日常使いをしてもらえるっていうのはいいですよね。

八田さん:
僕も両親や親族に。
今勤めている会社では、生活用品として買える製品がないので。自分で買ったり、誰かに贈ったりできるものがあるというのも、うれしいです。

脇坂さん:
両親に使ってもらったこととか、無いものね(笑)

八田さん:
デザイナーとしては、まったく知らない人が使っているのを見てみたい。
Instagramなどに、ぜひ使っている様子を投稿してほしいです。迷わず「いいね」を押します!

脇坂さん:
コーヒードリッパーではあるけれど、別の使い方に挑戦する人も出てきそう(笑)

八田さん:
本当に植物を育てたりね(笑)

 

使うことでちょっと幸せになれるデザインを

K:
ところで、出来立てほやほやのパッケージ付製品(最終試作)が届きましたので、ご覧いただきましょう。

脇坂さん:
めちゃめちゃ、いいじゃないですか。完璧ですよ!

八田さん:
(テーブルに置いて)置いた様もいいですね。

K:
パッケージは、外からも「芽」が見えるように窓が付いています。

脇坂さん:
確かに、この子(製品)の良さを伝えるには、窓みたいなものがあるといいですよね。最初に「芽」が見えるっていいですね。ワクワクします。

八田さん:
これまでパッケージについてあまり考えたことがなかったので、今回は勉強になりました。パッケージもちゃんと愛されて作られているんだ、と感動しました。

脇坂さん:
パッケージの透明の部分にメッセージを書いて贈る、とかもできそうですね。

K:
某コーヒー店のように、自分の名前やメッセージが入った状態で渡されると、うれしいですよね。

八田さん:
ついでに、僕らのサインも入れておこうか(笑)

脇坂さん:
いらないでしょ。売れなくなっちゃうよ(笑)

K:
まだ、芽吹いたばかりの『Kinome』ですが、今後の展開などお考えでしょうか。

八田さん:
今回は1~2杯用ですが、家族や大人数用としてもう少し大きいサイズも検討できればと思ってます。

脇坂さん:
「鉢」の磁器形状を変えるだけで、だいぶ味が変わるということも分かったので、ブラッシュアップもできますよね。

K:
ちなみに、「芽」だけを失くしてしまう方もいらっしゃると思うので、「芽」のバリエーションを考えていただくというのは、いかがでしょう。

八田さん:
いいですねー。四葉のクローバーとか。

脇坂さん:
季節限定で、小さなクリスマスツリーとか。いろいろできそうですね。
(八田さんに)図面、よろしくお願いします!

八田さん:
えー(笑)

K:
ちょっとずつ改良しながら、息の長い製品になりそうですね(笑)
『Kinome』以外で、wahとしての展望はいかがでしょうか。

脇坂さん:
wahのコンセプトとして、人や社会にちょっとした喜びを与えられることを目指しているので、プロダクトデザインに限らず、僕たちの製品やデザインを使うことでちょっと幸せになれるとか、そういった新しい価値を提供していきたいですね。

八田さん:
家具・グラフィック・空間デザインやブランディングなど、カテゴリを横断したデザイン活動を行っていきたいです。

K:
ますますwah Worldが広がっていきそうですね。今後のお二人の活躍が楽しみです。
本日は、貴重なお話ありがとうございました。

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